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1924年夏の大阪にある小さな印刷所で、承錫が鉛の活字を一つずつ拾っている午後の場面。使い込まれた機械と仕事着の袖に、働く一日の暑さがにじんでいる。
タイムスリップ日記
真夏の活字と、故郷へ向く夕風
1924年8月15日 — 呉 承錫の一日
1924年の世界
タイムスリップ1日目
32歳の私
午前5時20分ごろ、猪飼野の「柳井戸長屋」で豆腐売りのラッパに起こされた。破れた障子越しの光はもう暑く、共同井戸の水音だけが涼しく響いていた。
📖 今日の日記
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午前5時20分、猪飼野の長屋
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午前5時20分、猪飼野の細い路地に面した「柳井戸長屋」で、豆腐売りのラッパと共同井戸の滑車がきしむ音を聞きながら起きた。薄い敷布団を畳むと、障子の破れ目から早くも白い夏の日が差し、湿った畳と昨夜の蚊取り線香の匂いが混じっていた。井戸水で顔を洗い、麦を混ぜた飯に沢庵と味噌汁を添えて急いで腹へ入れた。木綿のシャツに擦れたズボン、底を継いだ革靴を身につけ、弁当箱を風呂敷で包んだ。路地の角で同郷の青年と会うと、この五月に大阪府で朝鮮人を教化・指導するという団体ができた話になり、世話という言葉の裏に監視の目がないかと二人とも声を落とした。午前6時過ぎ、私は市電の響く大通りへ向かい、汗ばむ帽子の縁を指で直した。
🔍 このカードは原文の代わりに、その時代の関連記録の検索へつながります。
午後2時40分、浪花活版所
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午後2時40分、木津川近くの「浪花活版所」で、私は鉛の活字を拾いながら油とインキの匂いに包まれていた。足踏み式の印刷機が規則正しく鳴り、開け放した窓からは荷車の車輪と市電のベルが重なって聞こえた。昼に麦飯と梅干しを食べたあと、親方から朝鮮で先月新しい文芸雑誌が出たらしく、その紹介刷りの注文が来るかもしれないと聞いた。詩や小説を読む余裕など滅多にないが、自分たちの言葉が活字になって海を渡ると思うと、指先の黒い汚れまで少し誇らしく見えた。紙一枚も無駄にできず、私は欠けた活字を脇へよけ、使える字だけを植字棒へ慎重に並べた。午後5時の汽笛が遠くで鳴るころ、明朝に追加の仕事をする約束をして工場を出た。
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午後7時10分、桃谷の夕店
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午後7時10分、桃谷駅裏の「三日月飯店」の軒下で、私は冷やした麦茶の椀を両手で包んだ。焼いた鰯の煙、醤油の焦げる匂い、路地を走る子どもの下駄の音が、昼の機械音を少しずつ頭から追い払った。同じ印刷所の青年が、朝鮮で映画会社ができて最初の作品も作られたそうだと、折り畳んだ新聞の小さな記事を指した。活動写真館の木戸銭は軽くないが、今度給金が出たら一度見ようと約束した。帰りに八百屋で茄子を二つ買うと、店先の裸電球には羽虫が白く群れていた。午後9時前、長屋の縁側で遠い汽車の音を聞きながら、今日覚えた活字の並びを帳面に写し、異郷の一日を静かに閉じた。
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📰 あの頃、今日の話題
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大阪府で朝鮮人向けの内鮮協和会が設立
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五月に、朝鮮人の教化・指導を掲げる団体が大阪府内にできたと聞いた。助けになるのか、それとも暮らしを細かく見張るものなのか分からず、私は同郷の仲間と慎重に話した。
j-koreans.org
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朝鮮で文芸誌『霊台』が創刊
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先月、詩人や作家たちが新しい文芸誌を出したという話が印刷所まで届いた。自分たちの言葉が活字で広がることに、植字工として小さな励ましを感じた。
ko.wikipedia.org
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朝鮮キネマ株式会社が設立され最初の作品を制作
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今年六月、朝鮮で映画会社が設立され、最初の作品が作られたという記事を仲間と読んだ。給金に余裕ができたら活動写真館へ行こうと約束した。
ko.wikipedia.org
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この日記は、歴史記録と時代考証をもとにした創作ストーリーです。記録が確認できた出来事は原文リンクにつながり、記録が残っていない時代は考証に基づく想像で再構成されます。
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